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ご冗談でしょう、ファインマンさん(上・下)

書籍

こんな風に世の中見えたら楽しいだろうな。


ファインマンが生きてきた中で遭遇したいくつものエピソードが短編集となって入っているんだけど、こんなにユーモアに溢れた人が実在するのかとびっくりした。
この本の価値はユーモアを見て笑えることではなくて、ユーモアを通してファインマンの科学に対する姿勢や物事の捉え方を知ることができるということ。頭いい人って世の中がこんな風に見えてるのかと何度思ったか。白いペンキと赤いペンキを混ぜたらピンクのペンキになるということは普通なら当然だと思うのだけど、ファインマンは違う。ペンキ屋のオヤジが白と赤を混ぜたら黄色になるんだと嘘をついたら「きっと何か僕の知らないすごいことが起こるに違いない」と思い込むのだ。多分、そういう所を一般人が見てこう言うの。「馬鹿と天才は紙一重」って。


ユーモラスな話がぎっしり詰まっていることは間違いないのだけど、その中にまれに耳が痛くなるような話があるのも見逃せない。学校で学んだ事が、つまり現実ではどういうことか?ということがてんで理解できてない例がいくつも挙がってた。当の本人は理解してるつもりなのだから困る。机上の空論のようなものなんだよね、現実に照らし合わせることができないから理解もできない。

ファインマンの物事の本質を見抜く姿勢や正確からは、理解とは何か?という疑問を感じずにはいられない。下巻のブラジルの教育の話は正視するに耐えない。教育という点では教科書選考委員になった時の話も見逃せない。まるで間違いだらけで、彼の目にはありとあらゆる教科書が疑似科学にしか見えなかったのだ。さらに悪いのは科学を出来ない人が教科書を選考していて、彼以外まともに選考をしていないという嘘みたいな話が載ってるのだから、下巻に続いて「困ります、ファインマンさん」も買ってしまうわけだ。


しかし真面目な話、教育は国家にとって重要であると誰もが思っていながらあのような腐った実態(日本は知らないけど。本の話)なのはものすごく大きな損失だね。出版社の都合で子供が科学に興味が持てるかどうか大きく変わってしまうわけだから。出版社の人が選考委員に果物やら名前が入った革カバンを贈るということがどれだけ大きな損失を持たらしているか!

勘違いしてはいけないのは、選考委員の人たちや出版社の人が責める対象ではないということ。彼らは金銭を得るという市場のごく純粋なインセンティブに基づいて行動しているだけだから。悪いのは市場設計だね。選考委員や出版社の人達がより良い教科書を作ろうというインセンティブを持つ設計でないからこういう事が起こるんだ。いくら市場が自由であるべきだとは言っても教育に関しちゃあ見逃しはダメだよ。


話がそれたけど、上質なユーモアをたっぷり堪能できたことと、ファインマンの科学に対する姿勢を知ることができて本当によかった。
万人に勧めたい。

ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)

ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)