書評:夏への扉

夏への扉 (ハヤカワ文庫SF)

夏への扉 (ハヤカワ文庫SF)

SF御三家のうちの一人、ハインライン御大の代表作。

傑作、である。


SFというものは、どうしても文体や雰囲気が「SF」になりがちである。宇宙船の推進力についての説明や、異星人の生物的特徴に関する説明、光速を超えて情報や物質が移動する仕組みの説明など、世界観のディティールを構築するためか、事細かに科学的な原理を説明しているものが多々ある。

だが、実はこれらは本来ストーリーにはあまり関係ないことが多い。それでも特に困ることは無いし、夢のある論理を見ることは好きである。もし、従来のSFから不要な部分をとりのぞいたら、どんな小説ができあがるのだろう。BLAME!のように極端に世界観に関する説明が少ない、ユーザーを置いてけぼりにするような作品が出来上がるのだろうか?


そうは、ならない。


本書「夏への扉」はストーリーとは無関係なSFのハードな部分を取り除き、実に読みやすく仕上がっている。SFを中心としたストーリーではなく、優れたストーリーの中にちょうど良い程度のSFが混じっているといった感じだ。端的に言えば、ストーリーが優れているのだ。


そしてこの優れたストーリーから生み出される読後感たるや、爽快。

そうなるか!という展開はミステリー小説のようでもあるし、スピード感と爽快感は少年漫画のようでもある。SFであるのだが、SFがメインではなく、あくまでストーリーを引き立てるための道具としてしか存在していない。



とはいえ既存のSFを否定するわけではないことは声を大にして伝えておこう。

幼年期の終わりのようなオカルトめいたSFから、後書きに「難しい部分は読み飛ばしておk」と書いてあるディアスポラ我はロボットのような古典的名作はいずれも多くのSFファンに愛されているSFで、自分もそのSFファンの一人に他ならない。


一体我々は、SF作家が作り上げた世界を覗き見したいのか、それとも素晴らしいストーリーを求めているのか。これらは排他的というわけではないが、どうも前者にやや重心があるのではないだろうか。


本書のストーリーの軸は時間旅行モノである。それも、とてもオーソドックスな。時間移動によって生ずる綻び。その綻びをほどいていく心地よさ。時間軸は、主人公ダンの心のように真っ直ぐなのである。

本書はSFであることは間違いないが、いつもの油臭く内臓に負担をかけるような高カロリーSFばかりではなく、サラダボウルの中にほのりと混じるSFを、たまには是非。食あたりはしないどころか、精進料理の如く心身を清めてくれること請け合いです。