書評:脳の中の天使

脳のなかの天使

脳のなかの天使

この脳と共に生まれてきて良かった。本書を面白く感じることができる脳であることに感謝したい。


本書「脳の中の天使」は、「脳の中の幽霊」の著者 V.S. Ramachandran 博士による最新の著書である。「脳の中の幽霊」「脳の中の幽霊ふたたび」に次ぐ本書は、ラマチャンドラン節に更に磨きがかかっている。

事実は小説より奇なり、どころではない脳の奇妙さを表す症例。そしてその症例を元に脳の構造を解明しようとする博士。一見論理では解明できなさそうな奇奇怪怪とした症状(いや、現象というほうが正しいか)は奇妙そのもので、それを奇妙と思う自分の脳もまた奇妙なのである。それに対して、博士が解明を試みる過程は大変論理的で、まるで論理と不可思議が手を取り合って踊っているかのようだ。

奇妙な例としては、例えば、サヴァン。知的障害を有しながらもある極めて限られた方向には優れた能力を発する現象。素数を列挙したり電話帳を暗記したり、日付を言えば曜日を言える等、サヴァンは一般的にも知られた現象だろう。さてここである疑問が生ずる。あまり才能に恵まれていない我々一般人にも、サヴァンの人々のような才能が眠っているのだろうか?潜在的な芸術や数学の素質があり、脳の障害よって開放されるのを待っているという可能性があるのだろうか?このような深遠な問題の解はそもそも無いことが多いし、仮に存在したとして、解を書くとネタバレになってしまうので「続きは本書で」となるところだが、本書「脳の中の天使」にとってはこのような問題も数多あるエピソードのうちの一つに過ぎないので書いてしまっても良いだろう。我々にもサヴァンのような才能が眠っているのだろうか。答えはYES。さらに、人工的にその才能を眠りから起こすことさえ実現している。

前作より磨きがかかっているというのは、以前の書に比べてより奇妙で、より深く脳の構造に踏み入っているからだ。脳の一部を切り開いて、「ほらね?」とこちら側に微笑んできてもおかしくない博士の著書を読んでいると、鏡を見ているような、フラクタルな世界に入り込んでしまったかのような錯覚に陥る。ふと後ろを振り返れば無限に続く階段があって、遠くに目をやると後ろを向いている自分がいる。それに嫌気が差して前を目をやるとまた無限の階段が続いていて、その先は前を向いている自分がいる。そこでようやくこの世界の再帰的構造に気づく。


「考える脳・考えるコンピューター」のジェフ・ホーキンス博士も、「アンドロイドの脳」のスティーブ・グランドも「もう少しで脳が解明できる」と言っていた。ラマチャンドラン博士はそうは言っていないものの、彼なら、彼こそがやり遂げられるのではないか。

そして博士ならきっと、解明は到底無理と考えられていた問にすら解を与えられるのではないかという期待を持たせてくれる。それは、「美しさとは何か」という問。詳細は本書に任せるとして、もうここまで解明できているのだ。素人目にはもはやピースは揃っていて、後は組み合わせで脳の大統一理論のようなものを創りあげられるのではないかと思えてくる。

まだ脳の仕組みの解明には至ってないが、本書は少なくとも解明の一端を見せてくれる。脳は驚異的ではあるが、人間が解明できる範疇にある。オカルトめいた謎の仕組みやエネルギーは存在せず、自然の産物に過ぎない。脳が脳を解明できる日は近い。必ず、やってくる。