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書評:サクリファイス

サクリファイス (新潮文庫)

サクリファイス (新潮文庫)

サクリファイス、それは、生贄。
ロードレースという少々特殊なスポーツには、生贄が必要なのだ。


ロードレースは求められるマナーが多い、紳士的なスポーツである。敵味方関係なく協力しあう。空気抵抗を減らすために誰かの後ろで走るのは良いとしても、誰かが先頭を走って抵抗を受けなければならない。この先頭は敵味方関係なく交代するのがマナーだし、先頭交代に参加しない選手が優勝したとしても賞賛は得られない。数日間に渡るレースで総合優勝を狙う選手やほぼ優勝の位置にいる選手は、各ステージごとの優勝は狙わない。各ステージで優勝したり何らかの賞を得ても、名誉は得られない。間違いなくロードレースは紳士的なスポーツである。

その一方で、速く走るためには何を犠牲にしても厭わないほど速さに貪欲である。たとえ、チームメンバーを犠牲にしても。

本書サクリファイスは、とあるロードレースのチーム内の生贄の話である。


ロードレースのチームのメンバーは、優勝を狙うエースとエースを支える多数のアシストに分かれる。エースはどこまでアシストを犠牲にできるか。アシストはどこまでエースのために尽くせるか。エースのタイヤがパンクしたら、アシストのタイヤをエースのロードバイクに付け替える。当然、タイヤを失ったアシストに成績はつかない。この程度ならまだしも、チーム全体で一人を押し上げる時に犠牲はどこまで広がるのだろう?アシストの成績は一切気にせずエースが存分にトップを狙うことが当たり前なロードレースの世界で、エースは、アシストの将来を犠牲にできるだろうか?アシストの命を、犠牲にできるだろうか?

アシストは犠牲になることをわかっていながらアシストとしてロードレースの世界に身を置く。チーム一丸となってエースのために、といえば聞こえはいいが、アシストは生贄なのだ。自分のためではなく、エースのためのロードレースに人生を賭ける。これはまるで主君に仕える侍のようではないか。「腹を切れ」と主君に言われたら黙って侍は腹を切るような、そんな狂気の主従関係にはある種の美しさが存在する。「利己」ではなく「利他」に生きる様はどこか儚く美しい。藤木源之助が岩本虎眼先生に仕えた狂気の漫画、シグルイがヒットするような昨今、ロードレースにも日本人の心を揺さぶるものがあるはずだ。


空焚きした鍋の中ようなあの猛暑も気がつけば過ぎ去り、彼岸を超えてすっかり秋模様。ロードバイクにうってつけなこの季節に、サクリファイス。