書評:老ヴォールの惑星

これまた素晴らしい本に出会ってしまったものだ。

本書「老ヴォールの惑星」は小川一水による下記四篇をまとめた短篇集。

  • ギャルナフカの迷宮
  • 老ヴォールの惑星
  • 幸せの箱庭
  • 漂った男


短篇集と言えども、読後の満足感は非常に厚い。いや、熱いすら言っても過言ではない。どれも短編ながら起伏に富んでいて、飽きるところがまるで無い。一つの話につき100ページにも満たないサイズでこれほど魅力的な話を書けるのは、量的には届かなくても内容的には星新一手塚治虫の再来ではないか。

どの話も甲乙付けがたい話なのだが、ここでは幸せの箱庭に触れたい。

「幸せの箱庭」は設定自体は使い古されたものであるが、こと本編に限っては万人に薦めたいイチオシの話だ。大雑把にストーリーを書くと、「幸せの箱庭で約束された幸福に包まれながら生きるべきか?」というもの。以下、猛烈にネタバレ。


主人公タカミは異星人クインビーとの交渉のため宇宙船に乗っていたのだが、気づかぬうちにタカミその他一団はクインビーの形成する仮想世界(本編内ではトランザウトと呼ばれる)に入り込んでしまう。ふとしたキッカケでタカミはトランザウトから目を覚ましてクインビーと接触するわけだが、ここでタカミはある選択を迫られる。


このまま仮想世界で、約束された幸福、知的発見すらも可能な"リアルな"仮想世界で生きるか、それとも不平不満募るこの現実で生きていくか。


タカミは、後者を選択する。約束された幸福より、自分たちの力で生き抜いて行く事を決意したのだ。 その後仮想世界から目を覚まし、地球に戻る船員たち。その中でのタカミは、今現実だと思っているこの世が仮想世界ではないと言い切れないということと、その上でクインビーと「我々には手出ししないで欲しい」と交渉し、非の打ち所がない幸福な人生は歩めず、我々には不確定な未来しか待っていないとタカミの恋人エリカに伝えた。それに対するエリカがタカミにかけた言葉が素晴らしい。

それなら私はその真実を知っていたい。
タカミ、ありがとう。
それを言ってくれたあなたとなら、私は偽りの世界でも生きていけると思う。

泣かせるではないか。今が現実だという保証が無くてさえも、それでも仮想世界で生きるより現実で生きていくことを選ぶ人間の強さに。


イギリスの高名な哲学者、 ジョン・スチュアート・ミル はこう言った。「満足な豚であるより、不満足な人間である方が良い。 」と。ここでの人間とは生物学的な人間ではもちろん無い。そうではなく、立派に備わった脳で物事を考え、探求する人間だ。人間には、困難な道が待っていようとも真実を追求しようとするかけがえの無い力が備わっているのかもしれない。素晴らしく、誇らしい。タカミはそれをやってのけた。


太宰治は、かつてこう記した。

弱虫は、幸福さえ恐れるのです。

仮にタカミが弱虫で、幸福を恐れていたのだとしても、それでも現実で生きていくという判断をした事は、この上なく強い。与えられた幸福よりも、自らの力で獲得した幸福のほうがより甘美であることをタカミと我々は知っている。そしてこれまた幸いなことに、目先の幸福に負けない強い心も兼ね備えてる。
タカミのどこが弱いものか。タカミは、間違いなく勇者だ。


もう一度改めておこう。上記「幸せの箱庭」は、本書に記された4つの短編のうちの1つでしかない。それでも、このクオリティ。
一発で小川一水のファンになった。


短編という読みやすさと SF の良さを兼ね備えた、素晴らしい作品。