書評:Gene Mapper

Gene Mapper -core- (ジーン・マッパー コア)

Gene Mapper -core- (ジーン・マッパー コア)

Kindle Paperwhite で最初に読んだ書籍が本書で良かった。
なにせ書籍界のターニングポイントとなりうる本なのだから。


舞台は2037年、遺伝子操作の発達により、フルスクラッチで作物を作れるようになった時代。主人公は作物の外観に関する遺伝子をデザインする、スタイルシート・デザイナー。
カンボジアに納品した作物のロゴが崩れてるという報告を受け、原因を探るうちに・・・というストーリー。

いやはや、ストーリーは面白く、中だるみするところも無くスピード感に溢れ、非常に面白い一冊だった。ページ数もさほど多くはないし、いまなら 300 円で購入できるので、kindle を購入したら最初にポチるべき一冊。本書は設定がとても良い。遺伝子をフルスクラッチでデザインできるとは、「銃夢」に出てきた DNA オルガンを見た時の衝撃の再来だ。


さて、GeneMaper ウェブサイトのトップページの文章を見て欲しい。

夢みてきた多くの技術が
現実のものになる
生命すら生み出せる日が到来したときに
なにを信じて未来の扉を開けばいいのだろう・・・

この文章から漂う近未来感。
そう、未来ではなく近未来。


ふと気づけばもう遺伝子組み換え作物が日常に溶け込んだ時代。ここから推測するに、 DARPAモンサント社 の研究室レベルならフルスクラッチ、とは言わずともかなり近い所まで遺伝子の解明・操作が進んでいるのではないか。どこか大衆の目にさらされない研究室で生命倫理を無視したライフサイエンスが行われているのはおそらく確実だろう。もう既にこのような時代になってしまったのだ。20年前は DNA 操作をすることを「神の領域」として畏怖する傾向があったように思えるが、当時の神の領域には大勢の人間が乗り込んで、すっかり人間の領域になってしまった。現時点でも既に発光するネズミが作れる今、何を信じて未来の扉を開けばいいのだろう?


しかし、全体の設定は素晴らしくとも、本書のディティールには疑問が残る。
プログラマの自分としては、インターネットが崩壊する様には苦笑せざるを得ない。崩壊する理由も、ストーリーも。現実的にインターネットが崩壊するというのは全世界に散らばったルートサーバーを構成するマシンと海底ケーブルとその他主要な基地局に同時に隕石が落ちてやっと崩壊と言えるレベルだろう。分散システムである以上、一部を破壊しただけでは崩壊には至らないのだから。拡張現実についても、演算能力に触れるならもう少し仕組みについても触れて欲しかった。

とは言え設定、ストーリー、スピード感等々かなり楽しめるものだったことは間違いない。



さて本書の注目すべきところはもうひとつ、本書の形態にある。本書は個人出版。それが他の普通の本と同じように kindle ストアに並ぶ。買う方にとっては今までより便利になり、売る方にとっては今までより格段に便利になる。そして何よりこの面白さ。Appleapp store のお陰で誰でもアプリを作って売れるインフラが整備されたように、書籍市場にも同じようなことが起こった。本書はその斥候とも言うべき、記念すべき一冊だ。

近いうちに似た例が再度出てくることは間違いない。そうなれば既得権益にまみれた出版業界がショックを受けるどころかアナフィラキシーショックで動けなくなってしまうかもしれない。今は kindle ストアで価格をカルテル的に守っているようだが、電子書籍の普及により参入障壁が低くなり、本書の著者のような新規プレイヤーがぞろぞろ出てくるだろう。そして新規プレイヤーの中には利益を求めない人達も出てくるので、iPhone アプリが無料でも充分素晴らしいものが手に入るように、書籍も充分な面白さを持つものが無料や低価格で出てくることは避けられない。


誰もが App Store でアプリをリリースできるように、あと数年で誰もが自己出版できる日がやってくる。
その魁を、本書で。