書評:天地明察 - 日本の暦法、ここにあり

天地明察(上) (角川文庫)

天地明察(上) (角川文庫)


暦は天意とされる時代に、算術を持って天を解明し、改暦に挑んだ男の物語。


暦は天の意思。暦を作りなおすことは謀反とすら思われても仕方がない時代。この時代(1600年代)では中国から伝わった宣明暦をおよそ 800 年間使用していた。宣明暦には僅かな誤差が存在し、800年分蓄積してその誤差はまる二日分ほどまでふくれあがっていた。

本書の主人公渋川春海、本職は城に務める囲碁棋士。そう、この時代は御城碁と言ってその時代の主君に囲碁をお披露目していた時代。その囲碁棋士の彼が、暦作りのための精巧なデータ採取として、星々の観測をしに日本各地へ向かう。もちろん、歩いて。

丸い地球を誰も見たことがない時代の暦作りがどれほど大変だったか。精密な観測方法や高度な数学技法を用いるのに加え、前述の通り当時は暦は天意とされていた時代。暦に誤差があるなぞほとんどの人はつゆ知らず、暦を作り替えるなど天に唾はく行為。そもそも、算術すら今ほど地位を確立していなかった。算術なんぞで天が解明出来るものか、という時代だった。


それでも、彼は暦作りのために邁進した。


なんとも面白み溢れるストーリーであるが、さらに面白さを引き立てているのは、これらが「現実に起こったこと」であることだろう。登場人物はほとんど全て実在し、改暦の過程の失敗や、御城碁の勝敗すらもが実際の史実を元にしているのだ。


少し残念なのは、渋川春海やその他改暦に携わる人物たちが扱う算術についてほとんど触れられていない点。扱ったら扱ったでかなり別の本になってしまうのかも知れないが、この点の描写があれば感動に一層重みが加わったのではないか。


そして多くは描写されないものの、大変魅力的な人物、関孝和関孝和和算家として知られ、日本を代表する数学の大家である。渋川春海関孝和が記した算術書のあまりの高度さに感動し、関によって数学がより一般へ普及することについてこう記している。

これが天意だったのだ。
このために天はあの方を地に降された。


ここまで評される彼であるが、残念ながら関孝和に関する情報は多くは残っていない。そのいきさつは Wikipedia - 関孝和 に任せるとして、これは物語を書く上での格好の人物ではないか?化物と呼ばれるほど優秀でありながらあまり有名ではなく、文献もバラバラ、と。というわけで冲方丁殿、光圀伝の次は関孝和を主人公にした物語で一席どうでしょう?今度は算術の中身も添えて。


最後に一点。
電子書籍化してくれたのはありがたいのだが、電子書籍なら本の厚みや重さは関係ないので、まとめて一冊にして販売する、くらいの親切心があっても良いのではなかろうか?本書に限った話では無が、この辺りの気遣いは今後改善に期待したい。