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パニック障害になった(予後編その2)

生活

今回

時が経つのは早いもので、パニック障害で休職して復職してから二年が経過した。

今までの間に過去の記事に何件もコメントが付いて、微力ながら自分の体験記が多のパニック障害者の役に立てたようで、嬉しい限りである。コメント上でのやり取りもあれば、メールでのやり取りや実際の知り合いとの相談もあり、自分なりに尽力できたのではないかと思う。精神病というものは、ほんのちょっとのきっかけで治癒するまでの時間が伸びたり縮んだりするものだと思う。自分は、そのポジティブな方向のきっかけを作りたいのだ。ただ、過去の体験記がリアリティのあるエグさがあって最後まで読めなかったという人もいたのは残念だ。改めて記そう。自分はパニック障害になり、つらい時期はあったが、少なくとも現時点ではハッピーエンドだ。

当時は冷静に物事を考えられなかったが、今改めて考えると自分を襲った病気がパニック障害程度の病気でラッキーだった。少なくともパニック障害はそれなりに一般的に認知されているし、治療法も何種類もあり、薬もいくつもある。(自分は頼ったことは無いのだが)支援団体もあるし、パニック障害者向けの美容室だってあるし歯医者もある。病気の最中はこんな不安や絶望・恐怖を味わっているのは世の中に自分一人だけなのではないかと本気で考えていたが、不安から開放された今世の中を見渡してみると、パニック障害者に対して善意ある世の中になっている。

これがもし、難病指定された病気だったり原因不明で治療困難な病気だったりしたら、その恐怖はどれだけ大きいのだろう。想像してみるとその恐怖には身震いせざるを得ない。パニック障害もつらい病気ではあるが、「なぜ自分だけが」と考えずに謙虚な気持ちを大切にしたい。



さて、現在の自分の体調について。基本的には、体調は良い一年だった。とはいえ薬は現在もジェイゾロフトを 25mg 飲んでいる。SSRI はそれなりに長い期間付き合う薬だと事前に知っていて理解もしているのだが、はやく薬無しの生活になりたいと願っている。だがどうもまだ薬を抜くと体調不良が現れてしまい、結局はずっと 25mg 飲み続けている。

昨年の夏ごろは極めて充実した生活を送っていた。不安とは無縁で、毎週ウェイクボードをしに山中湖へ行き、富士山を眺めながら(曇りの日が多かったのは残念だったが)水上を滑り、夜はその日の滑りやITのことをあれこれ語りながら焼肉を食べるという充実した生活だった。


その後も特に問題無い生活を送っていたが、冬頃、どうもモヤモヤとした不安感が現れてきてしまい、それから一ヶ月ほど経過しているが軽微な体調不良が続いている。具体的には軽い不安や頭痛、風邪。重い症状ではなかったのだが、これらが続くのは良くない傾向だ。頭痛や風邪はパニック障害とは無縁だと思いたいが「病は気から」というように無関係とも言い切れない。

不安感が再発した時は落胆した。一時消えたように思えても、やはり一生この不安感と付き合って行かねばならぬのか、と。不安と落胆が織りなす悪循環の車輪が回り出すのを感じた。だが、自分は知っている。不安は消えることを。何のことはない、ぶり返した不安感は一時の体調不良によって引き起こされたもので、ただ気弱になっていただけだった。衰弱して気が弱ることくらいパニック障害とは何の関係もなく誰もが体験することであって、「自分はパニック障害だから」と言い訳がましく不安感を病気に押し付けていただけだったのだ。



繰り返しになるが、何かのきっかけでこの記事を読んだパニック障害者の人たちに伝えたいのは、パニック障害は治る病であるということだ。治るまでの道のりは人によって異なるかもしれないが、それでも、治すことができる病なのだ。一時は家から一歩も外に出られなかった自分でも今は不安感など微塵も感じずに満員電車に乗れる。不安どころか、めんどくさいとか、だるいとか、そういう感情が出てくるだけでしかない。人前に出たりみんなが集まる場に出るのは緊張するし不安も感じるが、これはパニック障害になるはるか以前から持つ体質で、特筆するべきことではないだろう。

もう自分にとって自殺という選択肢はすっかり鳴りを潜めた。あの時、眼前にあった『死』は淡雪のごとく何処かに消えてしまった。脳というものは元来楽観的にできているのか、時間が経つに連れてあの頃のつらい記憶が薄れていく一方だ。
(一般的な程度の)頭痛や風邪で将来に絶望しないのは、それが一時的なものだと知っているからだ。頭痛や風邪でも、あの苦痛が一生続くかもしれないと考えたら、そのつらさは相当なものになる。頭痛や風邪が一過性のものだと感じているのと同じように、パニック障害も単なる一過性のものでしかない。


何度もコメントで書いているように、この病気は治る。とにかくそれを信じてほしい。
今はつらくとも、必ず晴れやかな日がやってくるはずだ。