書評:オーディンの鴉

オーディンの鴉 (朝日文庫)

オーディンの鴉 (朝日文庫)

なぜこれほどの作品が、有象無象の中に埋もれているのだ!


本書は、福田和代著の IT ミステリー。

一般的な IT に関わるミステリーというものは、我々プログラマから見れば失笑モノである。ステレオタイプなオタクがサーバールームで薄暗く青白い光を受けながら PC に向かって「よーしいい子だ」と呟きながらハッキングし、途中で気づかれて画面にドクロマークが出るような、そんなクオリティであったが、本書は一線を画す。
本書の良さは、IT が現実のものとして出てくるところにある。世界中のサーバーに好き放題に侵入出来るようなウィザード級ハッカー(笑)は登場しないし、むしろ「そんなの無理ですよ」と一笑に付される。2ちゃんねるTwitterニコニコ動画も出てくる本書は現実味があるだけに、本書には背筋を凍らされる。防犯カメラで自分を撮影した画像が自分のところに匿名で送られてきたら?自分のクレジットカードの決済情報やメールでのやり取りが誰かに読まれていたら?全く身震いしてしまうが、有り得ない話ではない。

とはいえ技術的に深い話が出てくるわけではない。出てくる専門用語もせいぜいプロキシサーバーや DoS 攻撃といった程度のものでしかない。この辺は「カッコウはコンピュータに卵を産む」レベルとは言わなくとももう少しハードな話が欲しかったところではある。


しかしそれを差し引いても、本書の面白さは抜群である。IT に関する描写が破綻していないだけでなく、ストーリーそのものの面白さ。主人公湯浅は東京地検特捜部。議員の自殺の調査から始まり、ぼんやりと巨悪が見えてきたところで湯浅の元にオーディンの鴉(カラス)という名で彼や病に付す彼の娘を防犯カメラで撮影した写真が送られてくる。

オーディンの鴉とは北欧の神オーディンの肩に宿るカラスを指している。オーディンとは世界中の情報を集めることが出来る神様。この名を冠した巨悪が、主人公湯浅に目をつけてしまったのだ。小説の中の出来事とは言え冷や汗もので、夏の暑さに効くレベル。


本書は、特に今こそ読まれるべきなのだ。ネタバレになってしまうので詳しく書けないのが歯がゆいが、読むなら今がベストだ。本書は読まれるべき一冊なのだ。本書が刊行されたのはもう三年ほど前になるが、今の現実社会は本書を後追いしている。


最後に、プログラマとして、オーディンの鴉は実現可能か?という問を考えてみたい。
自分の結論としては、実現可能である。ただし、政府の力が必須。
ああ、これ以上はネタバレになるのが悔しくて仕方がない。