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お年寄りは「パソコン」という単語に悪いイメージを抱いているのではないか

母方の祖母のことでふと思い出したことがある。

母と、祖母と僕とで買い物に出かけて、母が何かしら用事を済ませている間僕と祖母は車中で2人で待っていた。僕が社会人2年目くらいの頃である。その時祖母に「パソコンで悪いことしてる人のニュースが多いから翔のことが心配だ、悪い人に騙されてないか」と言われた。口には出さねど、祖母の意図は読み取れた。きっと祖母は、パソコン関係の仕事は何かしら悪いことをやっているのではないか、僕はそれに加担しているのではないか、それを心配していたようだ。


ふと考えてみて気づいたが、祖母のような年代の人にとってはパソコンがどういうものかほとんどわからず、パソコンという単語に触れる機会はニュースで「パソコン会社社長逮捕」といったような悪事と共に聞くことが多いのではないか。また、IT やコンピューターといった単語をどれだけ知っていたかはわからないが、ひょっとしたらホリエモン逮捕のようなセンセーショナルなニュースであまり良いイメージはなかったのではないか。ウイルスだとか情報流出とか、言葉はわからないなりにきっとパソコン関連のニュースとはわかるだろうから、そういうニュースを目にするたびに「パソコン = 悪」のイメージがついていてもおかしくはない。

ひょっとしたら祖母は、僕が「パソコン関係の仕事に就いた」と言ったあと、ずっと心配していたのだろうか?僕の考えすぎであってほしいけど、祖母のあの「大丈夫け?」という心配そうな口ぶりからはどうも考えすぎとは言い切れないように思える。

「大丈夫、悪いことはしてないよ」と僕は答えた。でも、それがどれだけ意味のある答えだったのか今もよくわからない。

知らないうちに僕は祖母に一体どれだけの心配をかけたのだろう。僕の考えすぎかも知れないとはいえ、もう少しちゃんと説明しておくべきだった。このことがずっと心残りで、今も胸のうちはすっきりしていない。


祖母は茨城県の山あいの小さな村で百姓をしていた。一本いくらにもならない大根やらを育てては直売所だかに売り、僕が社会人になってからも「これでいいものを食べ、そんな細っこい体して」と言って一万円をくれていた。この一万円を作るのにいったいどれだけの大根をどれだけの時間をかけて育てなければならないのだろう。もちろん僕は「おばあちゃん、俺はもう、働いているから」と言って断ってはいたのだけど、そうは言っても祖母はそのお金を引っ込めないし、お小遣いを貰うのもある意味孝行だと自分に云い聞かせて罪悪感を薄めながらお小遣いを貰っていた。

そんな祖母もいつからだんだん元気がなくなり、畑仕事も草むしりもしなくなった。茶の間でお茶をすすりながら太陽が登って落ちていくのを眺めるだけの生活になり、認知症が進んでいった。

僕は男だからこんなことを言うのはちょっと気が引けるが、祖母は、僕が男だから可愛がってた部分もあると思う。あの世代は家は男が継ぐものという強烈な信仰があるからだ(ちなみに祖母の内孫は女三人兄弟、僕は姉と妹を持つ三人兄弟だ)。だから僕は結構可愛がられたほうだったと自覚しているのだけど、その祖母が久しぶりに僕の顔を見るなり「あれぇ、どちら様でしたっけ?」と弱々しい声で言ってきた。たまたまど忘れしただけだ、と自分に言い聞かせ、嫌な予感を振り払おうと、祖母に「おばあちゃん、俺のことわかる?」と聞いたことは今でも後悔している。「わかんねぇなぁ」。母と二人の帰り道、僕は年齢的には大人と言って良いはずだったけど、ポロポロと涙をこぼして泣いた。

祖母は介護施設に入り、いつしか家族が来てもスタッフと区別がつかなくなり、だんだんしゃべることもできなくなった。その頃の祖母はいつも暗い表情をしていて、まるで夕方の影みたいだった。僕は見舞いに行った時、宙を眺めるような虚ろな祖母の目を覗き込んだことがある。不思議なもので、その時の祖母は僕のことが誰だかわからないということを目の当たりにしていたにも関わらず、祖母の垂れ下がったしわくちゃの瞼の奥には、なんとも僕を心配しているような、そんな目線、思いがあるような気がした。ひょっとしたら祖母は僕の仕事についてまだ心配しているのではないか。そう思わざるを得なかった。もちろん現実的にはそんなことはあるはずも無く、きっと僕が自分の思いを鏡のように感じ取っただけなのだろうけど、あれはなんとも不思議な体験であった。


痴呆になってから 4 年ほど経っただろうか、祖母は亡くなった。夏の終わり頃だったから、「この時期で良かった、真夏に喪服は暑くて大変だ」という話をして気を紛らわせながら葬式を済ませた。

心の中で否定はしているものの、祖母はずっと僕を心配していたのだろうかという思いが頭から離れない。お墓参りをした時にもう一度「大丈夫、悪いことはしてないよ」と報告すればこの気持ちにケリがつけられるのだろうか。