脳の中の幽霊

脳のなかの幽霊 (角川21世紀叢書)

脳のなかの幽霊 (角川21世紀叢書)

  • 作者: V.S.ラマチャンドラン,サンドラブレイクスリー,V.S. Ramachandran,Sandra Blakeslee,山下篤子
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 1999/08
  • メディア: 単行本
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幻肢という症状を知っている人はどれくらいいるだろうか。

幻肢(げんし、英: phantom limb)は、事故や病気が原因で手や足を失ったり、生まれながらにして持たない患者が、存在しない手足が依然そこに存在するかのように感じること

幻肢 - Wikipedia


存在しない手足を感じ、動かすことができる。存在しないので目には見えないが、患者は幻の手を使って身振り手振り、モノを触ったりつかんだりすることすらできるというのだ。幻肢症患者のこんなエピソードがある。ある日、神経科学者である著者ラマチャンドラン氏がテーブルの上にコップを置き、「このコップを幻の手で握ってみてください」と幻視症患者に言い、「握りました」と言ったところで著者がコップを遠ざけた。すると患者は「痛い!戻してください!手が千切れそうです!」と叫び、あまりに苦痛に悶えるのでそれ以降実験を諦めたそうだ。

幻肢という症状だけでも不思議であるが、更に不思議なのは、幻肢はたとえ失ったものが手足だけでなく内蔵でさえも幻肢症状が出る。盲腸を切り取ったのにまだ盲腸が痛む患者、子宮を切り取ったのに月経痛が来る患者、性器を切り取ったのに勃起を感じる患者。

幻肢症状がでる患者の中には、幻の手や足が猛烈に痺れて激しい不快感(あるいは痛み)を感じる人がいる。手がないのに、手が痺れるのだ。脳は更に理解を超えた症状を見せる。生まれつき手(足)が無い人も幻肢症状を持つのだ。以前はそれは患者の「私にも手があったらいいな」という願いの表れでしかないという意見が大多数を占めていたようだが、著者の研究により、単なる願いではなく本当に幻肢症状を感じていることがわかった。


本書では他にも好奇心をそそられる多数の患者を紹介している。
ある時点から記憶を蓄積できなくなった患者。それ以前の記憶は蓄積されており、優秀なその患者は著者と哲学の議論を交わすことさえあるそうだが、現在は全く記憶を蓄積できない。一分前の記憶すら失ってしまうほどに。

顔を認知できなくなった患者。誰が誰であるかを判別することができない。さらに似て非なる症状として、顔は認知できるものの「本人ではなく、そっくりな別人だ」と考えてしまうカプグラ症候群。母親を見ても「あなたは僕の母親に瓜二つだけど、母親ではないね。誰?」と考えるのだ。声で認識するのは問題なく行える。「やぁママ、元気?今どこにいるの?」と。

本人は見えてないと感じるのだが、脳は見えているという摩訶不思議な症状、盲視。「光があたっている場所はどこですか?」「わかりません」「適当でもよいので、指を指してみてください」というと、本人は適当に指さししているつもりでも正確に光が当たっている場所を指し示す。ブラインドサイトとも呼ばれる。

空間の半分を全く認識できなくなる半側空間失認。

視覚や味覚、聴覚等の五感が入り交じる共感覚

どれもこれも大変興味深いものだ。本書は、ただ興味深い症状を伝えているわけではない。
本書が伝えようとしているのは、脳が神秘的であることは間違いないが、その神秘性も科学によって解明できるということだ。
脳は未だに解明されていない部分が多いが、すでに「なぜ世の中には足フェチが多いのか」という程度までは解明されている。


上に記した興味深い例は本書の一部で、同じような好奇心をそそられる例は書き切れないほど載っている。
著者のユーモアも素晴らしく、読みやすさと面白さが大変高いレベルで融合している。
脳の中の幽霊を見つめて、脳の神秘性に触れるにはうってつけの一冊。