書評:夏への扉
- 作者: ロバート・A.ハインライン,Robert A. Heinlein,福島正実
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2010/01/30
- メディア: 新書
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SF御三家のうちの一人、ハインライン御大の代表作。
傑作、である。
SFというものは、どうしても文体や雰囲気が「SF」になりがちである。宇宙船の推進力についての説明や、異星人の生物的特徴に関する説明、光速を超えて情報や物質が移動する仕組みの説明など、世界観のディティールを構築するためか、事細かに科学的な原理を説明しているものが多々ある。
だが、実はこれらは本来ストーリーにはあまり関係ないことが多い。それでも特に困ることは無いし、夢のある論理を見ることは好きである。もし、従来のSFから不要な部分をとりのぞいたら、どんな小説ができあがるのだろう。BLAME!のように極端に世界観に関する説明が少ない、ユーザーを置いてけぼりにするような作品が出来上がるのだろうか?
そうは、ならない。
本書「夏への扉」はストーリーとは無関係なSFのハードな部分を取り除き、実に読みやすく仕上がっている。SFを中心としたストーリーではなく、優れたストーリーの中にちょうど良い程度のSFが混じっているといった感じだ。端的に言えば、ストーリーが優れているのだ。
そしてこの優れたストーリーから生み出される読後感たるや、爽快。
そうなるか!という展開はミステリー小説のようでもあるし、スピード感と爽快感は少年漫画のようでもある。SFであるのだが、SFがメインではなく、あくまでストーリーを引き立てるための道具としてしか存在していない。
とはいえ既存のSFを否定するわけではないことは声を大にして伝えておこう。
幼年期の終わりのようなオカルトめいたSFから、後書きに「難しい部分は読み飛ばしておk」と書いてあるディアスポラ、我はロボットのような古典的名作はいずれも多くのSFファンに愛されているSFで、自分もそのSFファンの一人に他ならない。
一体我々は、SF作家が作り上げた世界を覗き見したいのか、それとも素晴らしいストーリーを求めているのか。これらは排他的というわけではないが、どうも前者にやや重心があるのではないだろうか。
本書のストーリーの軸は時間旅行モノである。それも、とてもオーソドックスな。時間移動によって生ずる綻び。その綻びをほどいていく心地よさ。時間軸は、主人公ダンの心のように真っ直ぐなのである。
本書はSFであることは間違いないが、いつもの油臭く内臓に負担をかけるような高カロリーSFばかりではなく、サラダボウルの中にほのりと混じるSFを、たまには是非。食あたりはしないどころか、精進料理の如く心身を清めてくれること請け合いです。